『本気で臨海部の未来を考える会』の活動BLOGです
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浜川崎アプローチ線はどう考えても不可能
3年前に、神奈川県を尋ねた際に、浜川崎アプローチ線に関してのある資料をいただいた。

それには、川崎−浜川崎間の事業費300億とある。
そして、収支採算性の項目には、

「地下高速鉄道建設費補助金(補助率:国35%、地方自治隊35%)」と同程度の補助金に見合う無償補助金の導入があれば、川崎−浜川崎間については、開業後40年以内に黒字に転換する。
 しかしながら、現在の鉄道整備に関する補助制度を川崎−浜川崎間に適用することは非常に難しいと考えられる。

とあった。これを渡してくれた担当者は、今の利用者数では到底無理。プライオリティは最低の路線なので、国でもJRでも予算をつけない、川崎市も予算化できないので、最短で15年後の見直し。そこでもダメという結論になるのが明白なので、次の15年後に見直し。

それから、JR関係者に尋ねてみたが。
相談があった時に、すぐにお断りした。理由は、この路線は、現在貨物の大動脈であり、旅客を一本も増やせないとのこと。
それから、川崎市が駅をつくりたい位置に、ホームを設けるとなると、問題の小田の5叉路に踏み切りがある地点にかかってしまい、物理的にホームをつくることができないという。
しかも5叉路の先の小田地区は、路地が入り組んでいて防災上危険区域であり、道路拡幅事業が30年以上経っても見込みがたたない箇所。

もし、ここにホームを作るとすると、道路拡幅と同時に、道路を地下化しなければ無理なのだそうだ。

大体、今、隣の川崎新町の駅の利用客は1日2000人程度。川崎浜川崎間のたった4駅しかない線が、平成22年度の需要予測で24300人になると書かれているが、本当だろうか。
大体、1日数十万人利用する駅の改造などが急務であり、浜川崎駅と川崎新町の間にもう一駅つくるために、300億の投資はとうてい考えられない。
ほぼ100%無理だ、というのがJRの判断だった。

最初、南高跡地を含む「小田栄西地区地区計画」の説明会に望んだ時に、川崎市のまちづくり局は、「新駅を前提として計画した」としていて、その後、それを否定しているが、もし、そうだったら、駅が不可能とわかった今は、その地区計画は根本的に見直す必要があるだろう。

地区計画を含む都市再生緊急整備地域の「浜川崎駅周辺地域」の地権者たちは、今度の経済の崩壊で、倒産や撤退が相次いでいる。
説明会で受けた説明の中で、この地域はJFEの中にできた研究機関「THINK」が高度利用化するので、住宅が必要になってくる。そして人口が増えたら、商業が不足するので、南高跡地を商業地に変えたと説明した。

しかし、まず商業を整備していた、デベロッパーのゼファーが倒産、そして、THINKの高度利用化を担っていたJFE都市開発が不動産から撤退をこの春に決めた。

まさに、南高は治水の意味をなくしたダムのために引っ越した村と同じような境遇に現在ある。

南高は解体されたのは間違いだった。

全ての公共事業、自治体の仕事は、「住民の福祉(幸せ)の増進」のためにある。
とにかく、南高跡地の計画案は見直すしかないところに来ていることは確かである。
by rinkaibu-mirai | 2009-12-11 00:54
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